2015年4月30日木曜日

焼肉友の会

焼肉を食べに行く日はそう名付け、もんじゃ焼きの時は「もんじゃ友の会」と言う、何を食べに行くかで会の呼び名はあっさり変わる。

降りそうもなかった空からポツリと雨の落ちる夕方に4人で焼肉を食べに行った(食べ放題)、テーブルオーダーなのでゆっくりできるのがよい、年代別で料金が変わるという店というのは他にもあるが、今日の店もそう、ただし、その境が60歳以上だと500円安くなるというシンプルなもの。

通常ならば目的地近くのどこかで待ち合わせをし、そこから揃ってお店へ・・・という流れなのだが、うち1人がテニスの練習中(試合中?)に捻挫したらしく、それでも意地でも行くというので車で迎えに行くことになった。

足首のテーピングは痛々しいものの、本人そのものはいたって元気で車の中ではしゃいでた。

「肉ならガッツリいける」と豪語していたテーピング男は実際にはそうでもなく、「歳だなぁ」と自分で笑っていました。

なるほど、確かにそう、私も昔ほどは食べれない。

最近、こういった同世代のメンバーでの集まりになると話題が「年金が」とか「老後が」、「糖尿が」(汗)といったものが目立ってくる、なにせ今日のメンバーの中では私が一番若いくらいだった、還暦間近の人だっているのでそういう話の流れになるのも自然なのかもしれない。

今日などは親類が他界したという話から「坊さんに渡す金が高すぎる」とか「死ぬのも金かかるなあ」、「俺は散骨でいい」といった具体的で寂しいものに移って行く、結構しんみりしてしまった。

まあ、元気なうちはこうやって年齢を感じつつも皆とまた一緒に食べ放題に限らずどこへでも行ければそれで良し。

店に入る前は「胃薬飲むほど食ってやる」などと言っていたメンバーが、店を出たあとで本当に薬局に寄って胃薬を買ったのには苦笑した。

私はそこまで頑張らなかったので大丈夫だけど。

帰りは日も落ちて暗かった、雨は全く降ってはいない、メンバーをそれぞれが望む都合の良い場所まで送り、最後はテーピング男で終わり、帰宅しシャワーを浴びようと脱いだ服には微かに焼肉の煙の匂いが残っていた。

洗濯機にポーンと放り込み、今日の焼肉友の会は完全にお開き。

2015年4月29日水曜日

2種類を使い分け

今日は雨の予報なので仕事場までは車での行き帰り、その帰り道にそろそろ残り少なくなった洗濯用洗剤を買いにJR吉塚駅近くのディスカウントストアに寄り道をしたた。

売り場へ行くと同じ商品名で液体と粉末が置いてあるのは随分前からだが、徐々に液体の割り合いが大きくなって粉末のものは量が減っている、世の中液体が好まれるのか、それともメーカーがゴリ推ししているのか、はて、どちらだろう。

私は普段着洗いならどちらでも構わない、香りが長続きするかどうかなんて不問だ、安くて使いやすくて汚れがしっかり落ちてくれればそれでよい、今日買った2種類のうちの1つは漂白剤入りの粉末タイプの合成洗剤。

ではもう1つは?

粉末の粉石けんである、飲食業の私は調理中になかなか派手に汚れる、特に油跳ねは強敵なのだ、防汚用に前掛けをしているのに、その広い面積を避けてわざわざ前掛け以外の狭い部分に油が跳ねたりするのだ、腹立たしい。

そういう仕事中の前掛けから衣類の汚れは合成洗剤ではまずすっきり落ちない、お湯を使って洗剤を多めに入れようがたいして変わらないのだ、なので合成洗剤は仕事以外の衣類などを洗う時だけにしている。

そこで登場するのが粉石けん、今までにぬるま湯でたっぷり泡立つ適正量で落ちない汚れに遭遇したことがまず無い、油跳ねもなんのその、脂ぎった中年男の枕カバーだってパサパサのサラサラになってしまう。

落ちない汚れといえば・・・繊維に染み付いた金属汚れ(鉄さび)くらいではなのか、やや溶けにくかったり、すすぎはしっかり2回必要だったり、石鹸カスが浮くこともあるけれど、そういった使い方のコツや対処法を掴んでしまえばもう最強である。

それと、ちょっと高い、合成洗剤が1箱250円くらいなのに粉石けんは1袋で700円強はする。

だが、上には上がいるのだ「粉石けん高いよ」と人に言って「うちはウォッシュレボリューション21っていう2,500円くらいの使ってるよ」とあっさり返されたことがある。

・・・高っ!

2015年4月28日火曜日

やっと消えた清流の思い出

気温そのものが高くなったせいで部屋の中がなんだか暑い、部屋の中の家電品が熱源となって屋外よりも温度が高いのだ、なので今日から膝丈の短いものを穿いている、上はTシャツ、こんな真夏のような格好で充分なのだ。

足を組んでPCの前に座る、なにげなく我が左脚を見てみるとふくらはぎのシミがほとんど消えて見えなくなっていた、昨年の夏にブヨに咬まれて腫れ上がった痕だったのだ。

ブヨは刺すのではない、咬むのだ、咬んで傷をつけて、滲み出る血液を舐める、その時に出す唾液でアレルギー反応が出て腫れたり痒くなったりするらしい。

あまりの痒さに病院に行けば「1ヶ月はかかりますよ」と言われた、まさにその通りに1ヶ月間痒みに悩まされたのである、腫れと痒みを抑える塗り薬もあまり効かなかったし、日差しが当たると痒みが倍増するので「踊りだしたくなる」と友人に愚痴をこぼして笑われたことがあるくらいだ。

咬まれたのは水のきれいなの野河内渓谷、三瀬トンネルがすぐ近くで、それを越えれば佐賀県に入るという地点である。

うるさい小さなハエのようなブヨ、チクリと感じた数分後の痒いこと痒いこと、そのくせ触ると結構痛い、温めればとんでもなく痒くなるので直射日光が当たらぬように考えながら歩いたものだった。

1ヶ月ちょっとは固く(ほんとにカチカチ)盛り上がっていたけれど、それも徐々に消え、痒みもたまに感じる程度で落ち着いた。

ただし、色素沈着は消えなかったけれど。

それがこうやってほとんど見えなくなるまでにおおよそ10ヶ月かかったことになる、恐るべしブヨ。

これからの季節は涼を求めて水辺に出掛ける機会も増えるというもの、ブヨは清流にしか住まない虫、ブヨがいるということは水がきれいだということでそれは嬉しいが、咬まれると熱が出そうなほど腫れて痒いので大変。

薄手の布地の上から平気で咬むこともあるので、対策といえば厚手の長袖に虫よけスプレーだろうか、夏の長袖など暑くてぞっとするが。

纏わりついてくる小さなハエ、それ、ハエじゃなくてブヨかもしれない、ご用心を。>皆様

2015年4月27日月曜日

圧縮袋

晴れてカラカラに乾燥していた福岡、仕事から戻って厚手の冬物を仕舞いこんだ。

100円ショップで買った大型の圧縮袋5枚にダウンジャケットや綿入りのブルゾン、コート、フリースなどの嵩張りそうなものを入れて圧縮した。

100円ショップの圧縮袋などちゃんと使えるのか・・・と、思う人もいるかもしれないが、これがちゃんと使えているのだ、昨シーズンに買ったものを繰り返し使っている、掃除機で空気を吸い出してしっかり閉じれば半年間ペッタンコのままなのだ。

買った当時は税込105円だったのでコスパは最高に良い、テレビの通販などでも紹介されているが、それと比べても破格である、専用の排気弁などの便利な機構が無いシンプルさが廉価さに繋がっているのだと思う。

その分、空気を吸引し、口を閉じる段階でどうしても少し空気が中に戻ってしまうことがある、慣れてくると上手になるのだが、それでもほんの少しは戻る。

そこで別の便利なものを使っている、「脱酸素剤」だ。

お菓子のパッケージに四角くて厚みのある切手のようなものを見つけることはないだろうか、よく見てみると乾燥剤ではなく脱酸素剤、「エージレス」などの商品名が記されていたりもする、あれなのだ。

それ自体は安価なのでネットで購入しておき、圧縮袋に衣類と一緒に数個(私の場合は4個)を入れて掃除機で空気を吸い出し圧縮するだけ、ほんの少し空気が戻るが口をぴったりと閉じればそれでよし。

その後、数時間をかけて変化が起こる。

徐々に袋は縮まり始める、中の気体が減っているからで、脱酸素剤が酸素を吸着している証拠なのだ、一晩も経てばかなりぺったんこになっているはず。

メリットは嵩が減るだけではない、中の酸素が薄くなるので虫やカビ防止にもなるのである。

予め衣類をよく乾かしておくことさえ守っていれば次のシーズンまでは保存状態が良いまま衣類を仕舞っておける。

安い100円ショップと脱酸素剤のお陰、便利だなと思う。

おっと、この組み合わせで全く不都合はないけれど、マネをして何かしらの問題が起きても責任はとれません、実践は自己責任でお願いします。>皆様

OCNモバイルONE

とある人と連絡先を交換する必要が出てきたので050から始まるIP電話の番号を教えると「これは携帯ですか?」と訊かれた、090や080ではないからだ。

IP電話なので050なのだと言うと了解はしてもらえたが、いまひとつ理解されていない感じが伝わってくる、IP電話そのものがまだ一般的ではないせいなのか。

社名が「DDI-Pocket」時代から使い続け、16年と数カ月を数えた頃に解約しPHSとの縁は切れた、引き継ぎはauの携帯、だがそれは短命に終わった、2年待たずしての解約だったので違約金が発生したけれど。

スマホを買い、MVNOのSIMで使い始めたからである、メールもメッセージも通話も、今はこのスマホのみで充分に足りている。

選んだMVNOのSIMはOCNモバイルONE、BIGLOBEとどちらにしようかと迷ったのだ、他にも選択肢はあったのにこの2社に絞ったのは月額料金の支払いを口座引き落としで可能であったこと。

クレジットカードは持っているが、かなり前にソニーのPSPでオンラインサービスを利用していた頃に情報が漏れて騒動となったことがあり、私もこの影響を受けて以来、ネットでの支払いはクレジットカードを極力使わず、可能であるのならモバイルエディやペイジー、ペイパル、そして振り込み先が自分の口座を開設している銀行と同じであれば銀行振り込みに頼るようになってしまった。

あまり知られていないがOCNモバイルONEは口座引き落としで利用が可能である、サイトを見ると「クレジットカードのみ」という印象を受けがちだがカスタマーセンターのオペレーターとのやりとりで開通させるのであればできるのだ。

なので、ヨドバシなりアマゾンで安いSIMカードを購入し、口座引き落としで利用したいのであれば開通はサイトからのオンライン手続きではなく、そのSIMカードを手元に用意してカスタマーセンターに電話をすればよいのだ。

もし、うっかりオンラインでクレジットカード払いにて申し込んだら後から支払方法の変更はできないのである、一旦解約し、そして再契約となってしまう。

まあ、クレジットカードを使うのに抵抗がなければカード会社の独自ポイントが付いたりとか開通作業の簡便さと早さなどの座引き落としにはないメリットがたくさんあるのは大きな魅力ではあるが。

結局、私のSIM選びはADSL時代に数年間お世話になっていてNTTコミュニケーションズに対しての安心感が決めてとなってOCNモバイルONEを選んだ。

他のMVNOと月額料金の多少の違いは特に重要視するポイントではなかったせいもあるのだが。

この選択で良かったと思っている、混雑時にやや速度が低下することはあるものの極端に落ちるわけでもなく、スマホで使うぶんには全く支障が無いので満足している、「スマホで使うぶんには」とわざわざ書いてしまったけれどテザリングやモバイルルーターでPCでの利用にも充分使える、コースによって高速通信の上限の違いはあるものの速度面ではまったく不足はない。

何より料金の安さが嬉しい、これだけ使えるのにSMS付きで月額1,100円ほどなのだ。

友人の中には月額6,000円以上を払っている人もいる、それが普通なのだと思ってしまえば毎月当たり前のこととして支払ってしまうのだが、実は別のやりかたもあるのだ・・・と気付いてそちらに納得できるのであれば小遣いだって貯まるのだ(笑)。

MVNOに対して良いイメージを持たない人がいるかもしれない、そもそも何がどう違うのかよくわからない人もいるだろうし、至れり尽くせりのサービスが無いのが不満だと感じる人もいるだろう。

もし、ご自身の価値観と提供されるサービス内容(できることと、できないこと)に納得できるのであれば、一度乗り換えも踏まえて調べてみるのも良いのではなかろうか。

2015年4月26日日曜日

夏日


今日の月は上弦の月、宵月である。

午前1時前に一旦沈んでいて、正午前に再び昇って高くなったところで私に見つかって撮られてしまった白色透明な月、場所は博多区内の商業施設の駐車場から。

昨日までの濁った大気ではないので空の青みが清々しい、これぞ初夏の青空という感じがする。

走る車の窓を全開にしていても暑いくらいの福岡はこの月が2度目に昇ってくる頃に合わせて夏日になったという、道理で暑いわけだ。

私と同じような親父世代の膝丈パンツ姿を何人か見かけた、半袖姿はもっと多くて手首を境に先はうっすら日焼け、腕側は白いまま、季節に合わせて袖や丈の長さが変われば日焼けの部位もまた変わってくる、淡い2色刷りのような肌色は今のうちだけ。

車の中が暑い、もうこれからの季節は生鮮品などを買いに行く時は保冷剤を仕込んだクーラーボックスを用意しておいたほうが良いかもしれない。



そして帰宅、暑いので風通しが良いようにと玄関を少し開けていたら、1匹の虫が入り込んで来た、小さくて黒いアリのような虫・・・羽アリだった、シロアリなのだ、羽が玄関を出たところに落ちている飛んできて間もないようす。

殺虫剤ですぐに退治、マンションの同じ階の通路を見に行くと、まだ羽がついている状態で歩いているのを何匹か発見、そのうち1匹を画像に収めて踏み潰す。

もしや同じマンションの空き家の畳にでも湧いているのではいか? 一応管理人にもさきほど撮った画像を見せて「ほら、こんな虫」と知らせておいた。

シロアリの群飛はもっと雨の後などの湿度の高い明け方か夕方ばかりと思っていたので、こんなに日の高い晴れの乾いた日にというのがちょっと意外ではあった。

「おや、羽の付いたアリのようなものが・・・」、窓辺、または台所や風呂場などの水回りの湿気のある場所をそんな黒い虫が歩いていないだろうか、または、羽だけがハラリと落ちていないだろうか、黒く見えるがそれはシロアリなのだ。

「そういえば」と覚えがあるなら早いうちに管理人なり専門の害虫駆除の業者なりにご相談を。>皆様

2015年4月25日土曜日

減った中国製

昼過ぎから車で福岡市から少し外れた粕屋郡のディスカウントストアへ行った。

いつも停めている屋上の駐車場には珍しくたくさんの車が停まっていた、店内への入り口階段近くはぎっしり停めてあるので、左右に余裕(空き)のある少し離れた所へ駐車。

ここは1台分のスペースが心なしか狭くて、以前に隣の車にドアをぶつけられて凹んだことがある、ぶつけたどこかの誰かさんは逃亡した後で自腹で修理。

なんということだ・・・。

2015年4月24日金曜日

1mg

晴れてはいるが空が霞んでいて暖かい福岡、動くと少し暑いくらいだ。

仕事を終えて入院中の友人(2015年1月25日のブログ)の見舞いに行ってきた、雨の心配もないので散歩がてら仕事場からそのまま自転車で。

病室に入ってみれば知人のベッドのカーテンの下から見舞い客の足が見えている、女性のものであるそれは一体誰が来ているのだろう、壁をノックしカーテンを開けてみれば初対面のお姉さんが来ていました。

それから3人で10分ほど小声でいろいろと話をし、また来るからねと言ってお姉さんは帰って行った。

PM2.5襲来


今日の夕方のニュースでPM2.5について「かなり濃くなる」と注意喚起がされいた、九州は影響を受けやすい、福岡ではNHKの正午前の番組と夕方のニュースとで実測値のグラフを紹介しつつ予想を毎日テレビで流している。

特に濃くなりそうな時は冒頭で書いたようにニュースや天気予報の中で別に伝えられる、それによると今日より明日、明日より明後日の早朝と濃く酷くなるらしい。

そこで早速分布予想をネットで確認、・・・ああ、確かにこれは酷い。

並のマスクなど容易く透過してしまうというのが通説、だがPM2.5に対応した特殊加工されたマスクなど持ちあわせていないので対処法といえばせいぜい室内にいる時は空気清浄機に頼るくらいである。

そもそもPM2.5に対応したマスクとは、まるでSF映画の有毒ガスの中を歩き進む登場人物が装着していそうな物々しい品なのだ、テレビで見る限りではマスクという見た目ではなかった。

水分を含んだパッドをマスクの中に仕込むというタイプもあって、ネットだと効果があってなかなか良いという感想もチラホラ、客観的な試験をしたわけではないだろうから真偽のほどは分からないが、イメージとしてはウェットタイプのフィルター(?)を通る時にそこそこ捕捉されてしまいそうな気はする。

PM2.5が濃くなると視界が悪くなるのは当然として、私の場合目が痒くなるのだ、目を閉じるとじわっと熱いような感じで涙が滲んでくるのだ、痒くなるのでついこすってしまう、そうするとまた涙が出て目が痒い、そして目頭側が赤く充血する。

この悪循環、流水で目を洗ってもなかなか治まらないのでアレルギー用(花粉症用)の目薬を使っている。

それともうひとつ、はっきりと臭いのだ、ペンキを塗った鉄板を火で熱した時の臭いをどんどん薄めたような感じ・・・と言って理解してもらえる人はどれだけいるだろう、とにかく健康に悪そうな変な臭いがする。

東シナ海や朝鮮半島を軽々と渡ってやってくるPM2.5、季節風が西や北からではなく南から吹く夏になるまでは度々押し寄せて来るはず、私は花粉症ではないけれど、花粉症で目が痒いと言う人の気持がよくわかるようになった。

国境など関係なく、現地で対策が進まないだけにまことに厄介なり。

2015年4月23日木曜日

「ヒョウの眼」

もともとはナショナルジオグラフィックチャンネルでの番組「ヒョウの眼」、ネットでそのダイジェスト動画を見つけた。

3年にも及ぶというこのドキュメンタリーは「ラハディマ」と名付けられたヒョウの子(雌)が幼い頃から成長し親離れの後の独り立ちするまでの生活を撮り続けたもの。

これには不思議な展開が記録されている。

親離れしてからのこと、ラハディマは幼い頃に母子共にヒヒの群れに怖い目に遭わされ抱えてしまったトラウマを克服するかのごとく恐怖の対象であるヒヒの群れの中の1頭を襲うのですが、そのヒヒには生後間もない子がしがみついていたらしく、ラハディマに母ヒヒの死骸が木の上へ持って行かれる途中で地面に落ちてしまった。

それに気付いたラハディマは、まだ親も敵もよく分らないまま座り込んでいるヒヒの子に近寄った。

そんなヒヒの子など一咬みどころか前足で軽く踏みつけられただけで殺されて食われてしまうだろうと思ったのだが、母性本能のなせる業か戸惑いながらもラハディマは我を頼って縋ってくるそのヒヒの子を木の上へ咥え上げ、前足で下に落ちぬように支え、身を寄せて夜を過ごしたのです。

それでも結局、夜の寒さでヒヒの子は命を落としてしまうのだけれど、この思わぬ展開には驚いた。

本来ならば敵対する間柄に於いて束の間の縁だったヒョウとヒヒの子にも、もしかすると母性本能だけではなく生まれ変わる以前から続く縁か因果のようなものがあったのかもしれない、まさに袖振り合うも多生の縁。

実は私が知らないだけで、野生にはこういう不思議なようで不思議ではない出来事が普遍的に存在しているのかもしれないが、私には不思議で特別な縁においての出来事だったのだと思えてならない。

オリジナルの番組を観てみたいものだ、時間と熱意と愛情をかけて作られたドキュメンタリーなのだと思う、興味があってダイジェストでよければ下のリンク先でどうぞ。>皆様


リンク:「ナショナルジオグラフィック、『ヒョウの眼』、ダイジェスト動画」 

早くなった日の出


福岡は日の出の時刻が遅い、関東から来た人がその遅さを口にすることがある「福岡は夜明けがなんか遅いですね」。

早朝のテレビニュースで各地の様子が映し出されると東京などはすっかり明るいのに福岡はまだ暗いままだったりで狭そうな日本は実は広いものだと思ってしまうことがある。

最も遅いのは1月の上旬で午前7時23分だったろうか、それでも季節は進んで今や春から初夏に移ろうとしている、日の出の時刻もそう、今日の日の出は午前5時39分(40分?)なので1時間半以上も早くなった。

いつだったか、たぶん飲み会の席で日の出や日の入りで明るさが変わって街灯などが灯ったり消えたりする瞬間を目にするのはなんだか得したような気になる・・・と何かの話の中で友人に言ったことがある。

街灯に限らずマンションの通路の照明なんかが一斉にパーッと灯ったりとか。

「なんで得したような気になるのだ?」と訊かれて「いや、その瞬間を見れたから、他に特に理由はない」と答えると「そんなのお前だけだ」と笑われた、んん、そういうものか。

・・・まあいい(笑)。

添付の画像は今朝の日の出前約10分ほどの東の空、薄明のお陰でチープなスマホのカメラでもぼんやりと街の様子が写っているのがわかるだろうか。

そしてその画像の中央には橋が写っていて照明が3ヶ所ある、中央のだけが消えているのは消える瞬間を経た直後だからである。

同時に消えるのではない、時間差で順に消えるのだ。

はい、その瞬間を見ました、やっぱり得をした気分。

新聞配達のバイクが後ろからやってきて通り過ぎて行く、各家庭に朝刊が届けられ、多くの人が目を覚まし、街も人も本格的に動き出す前のひとときのこと。

2015年4月22日水曜日

トマトに足すなら

今のトマトは甘い、香りにクセもなく食べやすい、もしかすると果物なのかと思うことすらある。

ドレッシングで食べる人が多そうだ、あるいはシンプルに塩だけ、なんにも足さずにガブリという人もいるだろう。

そんなトマトをサッと美味しく食べる方法を教えてもらった、なんということはない、ただ切った中サイズのトマト2個に対して小さじ1杯のハチミツをかけて軽く混ぜるだけ、「和える」ような感じで。

トマトにハチミツ?

廃線


知人から1冊の本を借りた、「棄景(きけい)- 廃墟への旅 -」というモノクロ写真と解説からなる写真集。

その中の見開き、「旧駐留軍専用線」だという舗装道路に遮られた廃線の写真、細かく見てゆけば全く違う景色なのですが、福岡の路面電車廃止後に同じような景色があったような気がする、でも場所は思い出せない、景色と言うより情景なのだろうけど。

別のページには線路上に木が茂っていたり雑草に埋もれているものもあり、廃れゆくものの耽美さとはいかなるものか、ほどほど理解できたようで、いや、やはり解せぬような、それでいて雑草と雑木の間で朽ちようとしている廃車両などはどこか温かみのある写真だった。

なんとも不思議な写真集。

廃れてしまったものが長いことその姿を晒していたままというのは実は少ない、知っている中では雁の巣の米軍飛行場跡の格納庫だったり、カネボウプール(現キャナルシティ)だったり、千早の県営住宅などと、その程度。

ほとんどのものはシートの向こう側であっという間に解体されて更地になり、気が付けば別物へと生まれ変わっているのである。

特に変化の激しい都市部では、ほんの数年立ち寄らなかっただけで、「ここはどこだろう?」と同じ市内の住人である僕ですら迷うことしばしば。

最近では福岡大学の周辺、以前通った記憶を頼って同じ道を西へ向かおうとしましたが、通り過ぎてしまってからそこが昔通った「あの場所」だったのだと気付いて驚いたものです。

片手で押しただけで倒れそうな感じの幽霊だけが住んでいそうな傍らの廃屋など、不気味さを醸し出していた竹林もろとも消え、大学生で賑わっていたバイキングの店も無くなってしまい、その周囲の道路はひとつの大きな車道となり、今やどこへ繋がっているのか解らぬ道が延びている。

そこで先の「旧駐留軍専用線」の話に戻してみると、その写真は明らかに役目を終えて廃れてしまったものを写したものだったが、運行されている路線ながらそれに近い印象を抱かせる駅がある、JR香椎線の「旧・海の中道駅」である。

跡しか残っていないけれど。

今の駅は海浜公園の入り口と同じ場所にあるのだが、昔はそれより雁の巣側へ数百メートル移動した場所にあり、近くの車道からは松林で見えず、無人駅で駅舎も遮断機や警報機もありません、ただホームだけが伸びているだけの駅、切符入れすらないので窓から顔を出した機関士さん(ディーゼル機なので)に手渡しするだけ。

周囲は松林と砂浜で民家も無く、いつもその駅で乗り込んでくるのはその駅で降りた自分と友人だけ、よくこんな場所に駅など作ったものだと常々思ったものである。

モノクロの廃線写真を見て、今はもう無いその駅から歩いて2分ほどの浜辺で泳いでいた頃を思い出す。

今では私もその時の友人も海で泳ぐどころか浜辺を歩くことも少なくなってしまったけれど。

2015年4月21日火曜日

結局はブラステル

携帯電話の通話料は高い、ちょっと長話を繰り返しでもしようものなら請求金額にぎょっとする。

スマホを使用中のかたならきっとわかってもらえるはず。

そこでIP電話の出番、同じアプリ間なら無料・・・というものではなく、低廉な通話料が発生し、着信可能な電話番号を貰えるほうのサービス、これを利用し始めてそろそろ1年が経とうとしている。

だが、今に至るまでに解約したサービスが2つあるのだ。

最初に使ってみたのはフュージョンの「Smartalk」、着信通知や留守電など機能そのものは優れていたけれど、音声の遅延が酷くてまるでトランシーバーでの会話のようなやりとりでストレスが溜り解約してしまった。

アプリのプッシュ着信も(なぜだか)機能しなかったので常時立ちあげていないと着信できなかった=バッテリーが早く減るという点も痛かったし。

次に試したのはOCNの「050plus」、月額基本料金が300円ほどかかるのはまあ良しとして、音声がきれいで遅延はSmartalkよりは少なく自分の番号の下4桁を選べるのが良かった。

だが、肝心のアプリは専用のもの以外では使えず(数十秒で切れる)、その専用アプリも何故だかいつの間にか落ちている時があり気づかずにいるといつまでたっても電話を受けられないのだ。

「いつかけても繋がらない」と言われる始末でこれでは困る、さらにはプッシュ対応ではなくバッテリーの減りも意外と早かったので解約。

行き着いたのはブラステル、聞いたこともない会社なので怪しく思っていたが、料金がコンビニやカード払いによるプリペイドなのが良い、留守電や着信通知が無い点など機能面では劣るものの、アプリが勝手に落ちたりせず、プッシュも100%成功するのでちゃんと使えている。

なにより遅延が少ないのだ(ないわけではない、支障なく会話ができるレベル)、これならストレスなく会話ができる。

また、専用アプリでなくても使用できるのも良い、CsipsimpleやZoiperといったSIPアプリで問題なく使える、ひとつ書いておくと、サーバー情報の設定で、

softphone.spc.brastel.ne.jp

とすると認証ができない場合もあったりする、その時は、

softphone.spc.brastel.ne.jp:5060

で試してみてはいかがだろうか。

SIPアダプタを使えば普通の電話機を接続して据え置き型の電話として使えるのもユニーク、番号はスマホと同じ物を割り当て、驚くことに相手からかかってくればスマホと据え置き型の両方で着信音が鳴るという。

通話はあくまで先に受話器をあげたほう(スマホなら通話ボタンを押す)らしいが。

それと0120で始まるフリーダイヤルの多くにかけられるのも優れている、今のところ0120で使えなかったのはアクサダイレクトとOCNのカスタマー。

正直どこも一長一短な感じではあるが、自分に合ったものを見つけることができて良かった、おかげで毎月の通話料は400円ほど。

コスパは携帯の時とは比べるまでもない。



(2016年11月2日追記)

ブラステル+Csipsimpleの詳細な設定について関連記事を

設定の詳細」(2016年10月12日のブログ

・・・としてアップ済みで、さらにCsipsimpleを使っての簡易着信拒否とフュージョンのIP電話サービス「Smartalk」を利用したブラステルでの擬似留守番電話付加について関連記事をそれぞれ、

Csipsimpleで簡易着信拒否」(2016年10月28日のブログ
ブラステルで擬似留守番電話」(2016年10月31日のブログ

・・・としてアップしています。



(2017年10月16日追記)

ブラステルとPC(Linux)にLinphoneをインストールし使った記事を


・・・としてアップしているのでご興味があればどうぞ。>皆様



(2018年1月3日追記)

ブラステルのGSMとPCMUの各音質、そして参考までにSmartalkの音質とも比べてみた記事を

ブラステルの音質」(2018年1月3日のブログ

・・・としてアップしているのでご興味があればどうぞ。>皆様

暗闇の中の誰か

夜が更けて、赤色灯を点けて軽のミニパトカーがゆっくりとかなり狭い道まで入って行く、街灯の明るさに乏しく、人の目に触れそうにない奥まった場所のパトロールである。

窓際から赤色灯の光でカーテンが赤く染まるのはあまり良い気分ではないものの、皆が寝静まっている頃に人知れずそうやって見回ってくれていると思うと物騒な世の中ゆえ心強いではないか。

世の中凍てつくニュースばかり溢れている、毎日にように流れてくる、些細な事で他人を殺める事件はしょっちゅう起きていて、親子同士や夫婦間での事件など珍しくもなくなった。

危機に瀕する人を助ける人も多いが、謂れの無い危害を加える輩もまた多い、人を助けるのは人だけれど、人は人の敵にもなり得てしまう。

別の階に住む人は、床に就く前に懐中電灯でベランダから下の、表通りより暗い建物の裏側になるあたりを照らすことが時々あるという、本人が言うには人の目が届きにくい場所に誰かが注意を向けているとアピールをすれば、そこには不審者は寄り付きにくくなるのではないか・・・と考えているらしい。

なるほど、監視の目があることを察知すれば怪しい人は寄り付きにくくはなるかもしれないということか。

ほどなく日付けも変わろうかという時刻、近所のコンビニに宅配便を預けに行った、早朝からレジに入る学生風の男は扱いが乱暴なので中年店員のいる深夜帯を選んでの持ち込み。

控えの伝票をポケットに入れて自宅に戻る途中で木々の茂る敷地をぐるりと囲む長い塀が暗い奥へと続く先に誰かの人影のようなものがチラリと見えた、幽かにしか見えないくせに、動きもせずこちらの様子を窺っているのが分る。

そんな街灯の光も途切れそうな先は行き止まりの狭い通りで何をしているのだろう?

誰だろうかと気にはなったが様子を見に近付いたりは決してしない、こちらも気が付いているのだと見返すだけ。

近所の住民なのだろうか、全くわからないので気味が悪い、このご時世なのでなおのこと。

どこに危険が潜んでいるかわからない、周りへの監視の目と警戒はどうぞ怠りなきよう。>皆様

2015年4月20日月曜日

映画:「氷点」

宅配レンタルDVDの邦画一覧中で何気なく見つけた三浦綾子原作によるモノクロのこの作品、今世紀に入ってリメイクされたテレビドラマの評価が芳しくなかったという話を思い出し、映画ではどうだろうという興味から借りてみた。

これは昭和41年度の劇場版。


あらすじ:

物語の舞台は北海道の旭川、そこで病院を経営する男には妻と一男一女の子供がいましたが、男が仕事で留守にしている間に幼い娘が誘拐され遺体で発見されるという痛ましい事件が起きます。

過去の幾つかの思い当たる節から事件が起きたのは妻が自分の経営する病院の眼科医と不実の仲で、その浮気中の出来事だったと確信した夫。

妻への復讐に育児院から我が娘を殺めた犯人の実の娘であることを隠したまま1人の子を養女として引き取り、「陽子」と名付け育てるのでした。


「汝の敵を愛せよ」というキリストの教えを隠れ蓑にした夫も、夫と家庭を等閑にし不実を働いた妻も、どちらも思慮や愛情に欠け欺瞞に満ちた仮面夫婦、類稀な純真さを備えた養女をお互いが身勝手な思惑から都合良く利用しようとしているだけの凍てつく親子関係が見ていて辛い。

それ故に養女の素直さや純真さと健気さが逆に痛々しく、その寄る辺なさが悲しいのである。

妻を演じるのは若尾文子、ふとしたことから養女への態度が一変する時がやってくる、心の表情は言葉の中に現れるものだと痛感したのは語気が豹変したからではなく、真綿のような鼻濁音の優しい響きの端々に冷たさが織り込まれているのを感じたせい、巧い女優さんだなと思う。

何度か登場するフレーズ、「女は子宮で物を考える」というのがこの作品の鍵ではないだろうか。

好きだ嫌いだで忙しいだけの人間ドラマ風味の映画以外に、何がいったい「氷点」なのかを知った時の胸をえぐられるような思いも含めて、よりリアルで混沌とした人間関係を観てみたいかたには間違いなくお薦めできる映画である。

惜しむらくは終盤の展開にもう少し緻密さが欲しかった点、連続ドラマを全話欠かさず観ていて「ああ、あと1話足してこのあたりをもうちょっと細かくして欲しかった・・・」などと思う感覚に似ている。

原作を知っているからそう感じるのかもしれない。

名産品は贈答品

ゴールデンウィークに福岡に来るという関東の人から「明太子はどこのが美味しいですか?」と訊かれて答えることができずに困ってしまった、どこの何をとお薦めできるほど食べ比べをしたことがないので分からないだ。

福岡(とりわけ博多)=明太子というのは全国的に知られてはいても、実のところそう頻繁に食卓に上るものではないような気がする、お中元やお歳暮、遠方の知人を訪ねる時のお土産、どちらかと言えば個人的にはそういった「贈答品」といった位置付けが強い。

それでも好物なので時々買いはしますが。

ただし、それは商品見本で見るようなきれいに形の揃った「一本物」ではなく、ぶつ切にしたものを混ぜ込んだ感じの「切子(きれこ)」と呼ばれる家庭用の手頃なもの。

価格にして一本物の1/3弱、それでも味は同じ。

各社味付けは微妙に異なるので、自分にとっての美味しいものを見つけるのは実際に買ってみないと分からないと思う、柚子が入ったもの、山椒が入ったもの、辛味の強いもの、日本酒の香りが立つもの、様々ですから。

ちなみに私がよく買うのは「かねふく」という本社も工場も福岡市東区のメーカーのもの、その工場直売所(東区東浜)で300gほど入ったパックのものがお気に入り。

日によって混ぜ具合が微妙に違うのもまた楽しみのうち、近所の手土産や我が家の食卓にはこれで充分。

2015年4月19日日曜日

きれいになって寂れた街

昨夜から降り始めた雨は今朝になっても降り止まない、天気が悪いので出掛けるのが億劫だったが所用で午前中から東区の香椎(かしい)まで車で行った。

用事そのものはほんの30分ほどで終わり、暫くの後にまた1時間を費やすだけ、いつもは車で通り過ぎるだけのその街を今日は少しだけ散歩、3年間通った高校がその香椎地区だったこともあり細かい路地を入った隅々まで覚えているので、今はどうなっているだろうと懐かしさで歩いてみれば・・・。

これが驚きの変わりよう。

駅そのものが改築されたのだから周辺もそうなのは分かってはいたのだが、生活臭漂う迷路のような民家の集まりや「○○荘」といった感じのアパートが立ち並ぶ一角が整備されて何処が何だったのか全くわからない。

一番懐かしい場所=各高校の生徒の溜まり場になっていたタコの入っていないタコ焼き屋(イカゲソが入っている)は・・・残念、木造だったその店も痕跡すら残っておらず今はマンションになっていた。

西鉄沿線には更地もあったりで一帯はますます再開発が進んでいるようで。

人の流れが香椎浜や千早に移りつつあるので香椎駅前に活気が無くなるのは無理もないことなのかもしれない、昔は路上で野菜等を売りに来るおばちゃんやそれを目当てにやって来る客でうるさいくらいだったのに。

新しくなったプラスチックのようなJR香椎駅と、そこから映画「点と線」で事件の発端となる遺体で発見される男と女が歩いて浜辺へ向かった通り、さらに赤信号を右折すれば重要なトリックで登場する西鉄香椎駅、全部まとめて昔とはまるで違う景色。

両香椎駅は新しくなったが不恰好になってしまった、高校当時の瓦葺きの駅舎の古い佇まいが懐かしい。

特に用がなければその駅周辺を歩いてみる次の機会は無いかもしれないが、もし来た時は何がどう変わっているだろうか。

新しく変化し静かになって行く街の寂しさが少し複雑ではある。

小学生の夏休みに友人と香椎浜での海水浴に行く途中、この香椎駅(当時は国鉄)の改札をくぐったところで何故か鼻血を出してしまい、とても大柄に見えた黒ぶちメガネの駅長さんに連れられて奥の部屋で休ませてもらったことがある。

不安そうにしている友人と、鼻を押さえたままの僕に「鼻血が止まったら飲みなさい」と冷たい麦茶を出してくれた、懐かしい。

古い駅舎の画像は「香椎駅 国鉄」で検索すると幾つか見つかる、ご興味があればどうぞ。

2015年4月18日土曜日

今年はコガネムシが先


毎年この時期になるとどちらかが先に姿を現す虫、ひとつは近くでせっせと捏ねて作った泥団子を抱えて玄関の天井にある通風口から入ってきて巣作りをする漆黒のグラマー「スズバチ」(スズメバチではない)。

もうひとつは夜に開けた窓から灯り目指して飛び込んで来る「コガネムシ」かその近縁種。

今年はコガネムシが先でした(アオドウガネの時も多い)、正しくは「スジコガネ」、確か昨年はスズバチが先。

スパッと飛び込んで来るのですが着地が下手で何かにぶつかって落下し、モジモジと羽を閉じるような虫、黒く小さな目をツヤツヤとさせているだけで特に動き回ることはしないようで。

たまにピクピクするぐらいで、そんな動かないままなのに夜が明けるといなくなっているのが普通で・・・はて、毎回どこへ消えて潜んでいるのだろう。

今夜はさきほど飛び込んできた台所の窓の外で物思いに耽ってもらっている、窓越しにじっとしているのが室内からの灯りに照らされて見えている、朝になればきっとまたいなくなっているはず。

季節が春から初夏へ移ろうかという毎年のこの時期のこと。

ほとんど同時期にハエトリグモが登場する、ある日突然白い壁に黒い点のように現れる、屋内で過ごすクモなので家のどこかで冬を越していたのである、ハチやコガネムシは追い出しはするけれど、我が家はクモは追わないしもちろん殺しもしない。

実家にはアシダカグモもいる、子供の手のひらサイズで走るのがめっぽう早い、姉は押入れを開けると上からポトリと落ちてきたりでふいに出くわすと悲鳴を上げるが殺さぬようにと言ってあるので協力してくれている。

不快な害虫を食べてくれる益虫なのである(厳密には虫ではないが)。

これから小さな生き物が増えてくる季節、私は虫が苦手ではないので困ることはない。

毒があって刺したり咬んだりや、不潔で食中毒の原因になったりと困ったことになるのでなければ・・・なるべく殺したりなさらぬように。>皆様

中波帯の中の異国

平日の夜遅くはFMラジオを聴いている、LoveFMの「月下虫音(げっかちゅうね)」という番組がお気に入り、滑舌の悪い女性DJが生き物の話題をふんだんに取り入れての異色の番組、選曲も好み似合っている。

今夜も・・・と思いきや今日は金曜日ではないか、月下虫音は月曜〜木曜の午後10時〜11時半なのだ(生放送)、日曜は短縮バージョン(録音)。

なので今日は放送が無い、金曜の別番組は好みではないのでAM放送に切り替えてみる。

受信周波数のダイヤルを回してみれば、AM放送特有のノイズが音色を変えながらスピーカーから流れてくる、それを耳で確認しながら下から上へ周波数を探ってみた。

そこへフッと人の声が入ってくる、入力はかなり強く明瞭なハングル、朝鮮半島から漏れてきたものだろう、・・・と、ラジオを持ったまま向きを変えてみると別の声が入って来る。

ダイヤルには触っていないのでハングルの放送と同じかごく近い周波数での放送、最も強く入ってくる角度を探して耳を澄ませば・・・、どこだろう・・・、薄いビートノイズに埋もれながら弱々しくスラブ語のようなどこかの言葉が聞こえる。

ここまで届くのは中波ならではの現象なのだけれど、はたしていつも届いているものなのか、それとも今日だけなのだろうか。

もしやと思い太陽の黒点情報を見るも、太陽風がやや強い他は電離層の乱れもなさそう。

こんな単3乾電池2本で動作するラジオを経てどこか遠い異国の欠片が電波に乗って畳の上で暮らす私の元へ届こうなどと、理屈の成り立つ現象とは分かっていても、狭いようでやはり広い地球上の誰かの声を耳にし、束の間思いを巡らしてみたりで。

一体どこの言葉なのだろう、意味も分からずしばらくじっと聴いていました。


リンク:「LoveFM 『月下虫音』」

2015年4月17日金曜日

カレー

発端は「カレーの匂いがする!」という一声、今の時期は空調に頼ることもなく仕事場は窓からの風を取り入れている、なので全開。

近くの店からなのだろう、カレーのいい香りが漂ってきた、ちょうどお昼時で鼻も敏感になっている時刻。

昼休みを迎えた仲間と仕事を終えて帰り支度の仲間とでカレーの話で盛り上がった。

「うちは伝統的に豚肉しか使わないみたい」
「ソースは入れるけど醤油ってのはないよ」
「ライスカレーなの?カレーライスなの?」
「レトルトも意外と美味しい」
「具の無いカレーっていうのもあるよね」
「30分以内で完食すればタダになるらしい」 (某カレー店の話)
「トマトなんて入れちゃうの?」
「魚入りっていうのはあったかな?」
「包丁人味平にカレー対戦の話があった」
「ボンカレーはレンジでチンだから鍋要らない」
「モツ入りは意外と旨い」
「すりおろしたリンゴを入れる」
「ミンチカレーならあっという間にできる」
「セロリは葉っぱも使えて捨てるとこがない」
「平べったい皿よりも深みのあるほうが・・・」
「福神漬けはいらないけどラッキョウはないと」
「あんまり辛いと舌が麻痺する」
「手羽元使うなら先に炒めておかないと」
「飲み水の温度にも拘るらしい」
「粉末スパイスだけっていうカレーの素を買ってみた」
「エスビーのほうが美味しいと思う」
「ガラムマサラを足してみた」
「カルダモンを足してみた」
「槇原敬之は温めてないレトルトをごはんにかけて食べるのが好きらしい」
「田舎カレーって何よ?」

思い出しただけでもこれだけ出てくる、みんなカレーが好きで生活に溶け込んでいる証拠なのだろう。

そこへ笑える話が登場、いつもと違うものが食べたくなってベビースターラーメンを混ぜてみたのだと言う、入れてすぐはポリポリしていて「カレー+ベビースターラーメン」だったのが、暫くの後だとふやけて一体となり「そういうカレー」に変化し、尚且つ美味しかったのだと言う。

そういえば某料理研究家の女性は正月明けに残ったおせち料理をカレーの中に入れてしまうとテレビで言っていた、黒豆も数の子も、残り物はとにかく全部入れてしまうのだけれど、出来上がったものはちゃんと美味しいらしい。

その女性曰く、カレーは組み合わせの幅がとても広く、いろんな食材が混ざってしまうのを許す料理なのだとか。

なるほど、ではベビースターラーメンで驚くこともないのか、現に美味しかったということですし。

私はせいぜいソースや酢を少量足すくらいだが、コーヒーやチョコを隠し味として入れるという友人もいる。

そうそう、「モツ入りのカレー」は意外と美味しいです、モツが嫌いでなければお試しあれ。

2015年4月16日木曜日

砂埃舞う晴れた日なら

昼食を終えたサラリーマンが職場へと戻り始める時刻にこちらは仕事を終えて天神へ、今日は雨の心配もないので少しぶらぶら。

スタバで冷たいものを飲みながら少し休憩、スマホのメールに目を通す。

「天気がいいので時間があればバイクで観音崎まで行ったのに」・・・と、届いたメールの中には書いてあった、もっとも原文は「行ったのに」ではなく「転がしたのに」。

送り主は長い付き合いの横浜市民、以前はmixiで繋がっていたのだけれど、私が某年の秋分の日に退会した翌年の春分の日にその人も退会したらしい、とはいえメールやリアルでの付き合いはなおも変わることなく続いているのだが。

今日の横浜は晴れで、予報では夕方からは雲が出やすくなるのだという、ほら、黒潮を横切って雲が南から這い上がってきそう。

メールの中の観音崎、行ったことも無いくせに覚えがあるのは松任谷由実の「よそゆき顔で」という歌の中に登場する地名のせいか。

その歌、「砂埃りの舞う道の脇に小さなガソリンスタンドがある」・・・と、曲を頭から順に辿らないと思い出せぬ歌詞を順に追えば、サビの部分を越えて「砂埃りの舞うこんな日だから観音崎の歩道橋に立つ、ドアの凹んだ白いセリカが下を潜って行かないか」と観音崎に辿り着くはず。

そこにある美術館の傍にはゴジラの足型もあるという、数えるほどしか見たことがない太平洋と、縮尺ながら怪獣の足型もいつか見てみたい。

週末横浜に遊びに出ておいで・・・とサラリと言ってはくれるが、ちょっと遠くてそれは無理、久しぶり行ってみたいけれど。

2015年4月15日水曜日

ガシャーン派

ネットで見つけた記事、眠りに落ちる時に爆発音のようなものが聞こえてしまうという話、なんと「頭内爆発音症候群」という名前があるらしい。

「症候群」! とんでもない病気の一症状のようで気にはなるが脳が軽い痙攣発作を起こしたような状態であって、てんかん発作ではないらしい。

また、以前は50代に多いと思われていたが、今は若い人にもそれなりにいるのが判明したとか。

ほとんどのケースでは心配無用とのこと、その「ほとんどのケース」ではないケースが何なのかがちょっと気にはなるけれど、あんまり繰り返すのならどこか悪いのだろう、そうなったら即病院だ。

症状の発現については神経の疲れやストレスが触れられているようで、それが引き金になってややこしい仕組みでそうなるのだとか(このあたりは難しくてよく理解できないので大雑把にしか書けないのが申し訳ない)。

夢とは関係ないのだろうか、夢の中で一応物語のある展開で(矛盾だらけでも)、何かが爆発するようなシーンがこの症候群と重なるなどとか・・・は、たぶん無いのだろうな、うん。

私は過去にたった一度だけ、うとうとと・・・眠りに落ちる間際、「ガシャーン!」と食器棚が倒れたかのような音に驚いて飛び起きた経験がある。

辺りを見回し、窓や台所も確認し、何事もなかったので解せぬまま再び床に就いたけれど。

それ以降は経験することもなく忘れていたが、この症候群の話を聞いて思い出した次第、私の「ガシャーン!」は、あれは確か・・・いや、いつだったかもはっきりしないほど昔のことだった。

そう言えば、眠りに落ちようとしている時に聞こえる些細な音は大音響に聞こえることはないだろうか、コップの中の氷が解けかかってすべった時の「カラン」という音や、通りを行く車の走行音だったりというその程度の音が。

あれも、この症候群と何か関係あるのかな。

ネットにはもっと詳しい説明があるもよう、もっと知りたくば「頭内爆発音症候群」で検索してみてください。>皆様

4人で近場の2泊3日

今度のゴールデンウィークに友人ら4人で出かけることになった、遠くへではなく移動に2時間ほどで行けそうな近場でのんびりと過ごす2泊3日、移動にかかる時間を現地での滞在時間等に当てようという考え。

最初、メンバーのひとりが高速艇で「激安なので釜山はどうか」という提案をしたところ、私が言う前に他のメンバーが「死んでもイヤ」とバッサリ却下。

全く同感、確かに位置的には隣で高速艇なら短時間で行けるし安い、けれども韓国は心情的には遥か遠い国で嫌いなのだ、なぜわざわざ反日国などに行こうものか、行きたいなどと微塵も思わない。

なので仮に近くても中国も嫌。

もうちょっと時間かけてでも台湾だったら是非行きたい、が、それはゴールデンウィークの条件からは外れるので一人で行く時までのお預け。

さて、行く先として大阪や長崎という案も出た中、結局、九州新幹線で鹿児島行きが決まった、長崎は秋に行ったばかりのメンバーがいるし、大阪はなぜだか嫌がるメンバーがいたので。

鹿児島のホテルは駅側か天文館側かで意見が分かれたが、遊ぶのに便利そうなので天文館側に決まった。

そこからほど近い桜島を望む海辺には「鶏飯(「とりめし」ではなく「けいはん」よ読む)」という奄美地方の郷土料理を食べさせてくれる店があるという、数種類の具材をご飯に乗せたところへ鶏のだし汁をかけてお茶漬けのように食す素朴な郷土料理らしい、それがもう到着日の昼食に決まった。

他にもいろいろ名前が挙がっていたが、忘れてしまった、まあ、現地でまた教えてもらえばそれでよし。

水族館にも行きたいという、桜島にも渡ってみたいと言う、うん、私もまた桜島へは渡ってみたい。

そうやって計画はどんどん立ってゆく、帰りの土産物まで決まってしまった、餡なしのかるかんだそうで(他にもまだいっぱいあるだろうに)。

鹿児島行きの新幹線の指定席もホテルも取れたらしい。

プランを立てるのも、予約等の手配も、きびきびと間違うことなく上手にこなすメンバーのM氏に感謝。

2015年4月14日火曜日

今は陸地の島

雨に備えて持参した傘は結局使うことなく、今宵の飲み会は午後10時前には散会となった。

場所は住吉から美野島を抜けたあたり。

参加者のひとりが「美野島なのも町名だけど全然海じゃないからどこも?」・・・、文法がおかしいのは酔ったせいだろう、それはさておき、そう、とにかく美野島は海からはやや距離があるのだが「島」が付く。

・・・とはいえ、海に近くはなくとも「島」や「汐」などを町名に含む場所は全国にはたくさんあるのではなかろうか。

酔った人に長く細かい説明は理解されない可能性が高いので手短に「昔はすぐそこまで海だったから」と答えるに留めた。

美野島は昔「箕島」だった、今の住吉神社の天龍池(ひょうたん池)から那珂川側に鳥居があり、そこから先は海で那大津(博多港)としてちゃんと船が入ってきていたという。

そこから見える位置に箕島はあったらしい、それはそれは遥か数百年も昔のこと。

なのでもちろん今は当時の面影など微塵もないはず。

現在においても残ったのは箕島という地名、これも40年ほど前に「美野島」へ変わった。

ただ、ある程度の年代の人になるとどうだろう、今でもうっかり「箕島」と書いてしまいそうになる人がいたりするのかもしれない。

時代の流れで町名が変わったり消えてしまうことはよくある、今はひとつの町名に「丁」で細分化されているのが普通になった、「○○町○丁目」という感じで。

管理はしやすくなっただろうけれど、意味があって付けられた古い町名は消えて味わいも無くなった、狭いほんの一区画に独立した町名など何かと不都合があるのかもしれないが。

そういえばうちの実家の近所も「下対馬小路(しもつましょうじ)」、「中対馬小路」、「上対馬小路」とわかれていたものを「下対馬小路」を「対馬小路」として残し、他は「古門戸(こもんど)町」と「須崎町」になっている。

昭和40年頃のことらしいがなぜ変更されたのだろう? そのあたりはよくわからない。

2015年4月13日月曜日

"オレンジは好きかい?"

スマホで気象レーダーの画像を確認すれば北部沿岸部には弱いものが点在している、風もそこそこ吹いているが寒くはない、冬との大きな違いはその点と風景の中の色彩の多さ。

仕事帰りの車の中、季節柄か、つけっ放しのラジオから流れてきたのはりりィの「オレンジ村から春へ」。

子供の頃にテレビで化粧品のCMのイメージソングで使われているのを耳にして以来ずっと好きな曲。

りりィが好きだからというのもあるけれど。

いつだったかYouTubeでその懐かしいCMを見たことがあるのだが、今は検索しても動画そのものは出てこない、きっと著作権がらみで削除されてしまったのだろう。

♪ 「春の心が伝わるならば、早く帰って来ておくれ、春が訊いてたよ、”オレンジは好きかい?”」 

その頃、オレンジというものをまず食べたことがなく、今の季節ならちょうど浅い黄色の厚くて固い外皮に目の覚めるような酸っぱさとほろ苦さを備えた八朔を好ん食べていた世代。

この曲を耳にするとオレンジではなく八朔の皮を剥く香りと春の陽気、そして古くて懐かしいCMがセットになって頭の中に蘇ってくる。

CDを選びさえすればいつでも好きな時に聞けるはずなのに、ふいに耳にすると聞き入ってしまう。

余談だが、リリィといえば「私は泣いています」と答える人は多いけれど、実はCMなどで使われた曲が意外とあって、個人的にはそれのどれもがいい曲だなと思えるものばかりなのだ。

中でも地元福岡の「マツヤレディス」(今は「ミーナ天神」)のイメージソングだった「天動説の女」は好き、もうタイトルから素敵ではないか、当時はシングルカット(レコード盤)されていた、私がまだ中学生の頃のことだけど。

それも収録した名ベスト盤があったのだが廃盤となって今はどうにも聴けない状態、いろんな大人の事情で廃盤になったのだろうが、こういうものこそ出て欲しいなと思う。

今でも検索すればジャケットくらいなら見られるかもしれない。

そんなことも思い出した今日の午後、この時期の陽気も、りりィの歌も八朔だってトータルで春は好き、いい季節だなと思う。

2015年4月12日日曜日

普通傷害保険

健康のための運動の一環として・・・などではない、単に乗っている人を見て「便利そうだな」と思ったのがきっかけで自転車を購入。

普段はごく近くは徒歩で、それより遠くは車でという生活、自転車は20代の頃に日々の生活の中で当たり前のように乗ってはいたが、車の免許を取ってからというものあまり乗らにようになり、その時は結局近所の中学生に譲ってしまった。

その後はたまに近所の郵便局やコンビニに行くために1台は持っていたが相当古くなって修理代が高く付くので処分した。

そして今回買ったのはどこのサイクルショップでも売っていそうなブリジストンの26インチ、色はシルバー、LEDライトでもちろんカゴ付き、拘ったのはステンレスリムとフレームが丈夫なこと、これでちょっとした買い物なら全く問題なくできそう。

徒歩圏の3倍の距離をカバーできればいいなと思う。

盗難保険は義務らしい、が、万が一、誰かにぶつかりでもして怪我を負わせた時に備えて普通傷害保険にも加入した。

自分がケガをするぶんには自分で治療すれば済むけれど、それが相手に負わせたとなると問題は大きい。

どこの保険にするかはそう迷うことはなかった、ネットで申し込みが完了するほど手軽なものや、コンビニで年間保険料を一括で納めるタイプのものなど商品の選択肢はそれほど多くないがどれも手軽に加入できる点が良い。

生命保険などとは違って難しい審査など無いし、なにより加入すれば安心である。

ピカピカの自転車に早く慣れようと車の通行量の少ない道を30分ほど走ってみた、もしかしたらもう乗れなくなっているのでは・・・と心配したが、ペダルを漕げばずっと昔の自転車の感覚がすぐに戻ってきたのには自分でもびっくり。

体は覚えているものです。

2015年4月11日土曜日

タフな感じが良いところ


仕事帰りに立ち寄ったレンタルショップで借りたDVDを夕食のあとで観た、「エネミー・オブ・アメリカ」という公開から数えて10年以上は経つアメリカ映画、たしか公開当時「そのうち観に行こう」とのんびり構えているうちに気がつけば終わっていたという映画。

今回書くのは映画の感想ではなく出演者のジーン・ハックマンについて。

今日観た「エネミー・オブ・アメリカ」には元国家安全保障局技官のブリルという役で出演しているが、愛想の悪い感じが妙にぴったりで適役だった。

この俳優さんを最初に見たのは「スケアクロウ」というアル・パチーノと共演の映画をテレビで、淀川長治さん解説の日曜洋画劇場だった。

偶然ながら翌週はまたもやテレビで「フレンチ・コネクション」、荻昌弘さん解説の月曜ロードショー、最初のうちは同じ人だとは気が付かず、どことなく似ているな・・・と思っていたら番組の終りに出演者と吹き替え声優の紹介のところで同一人物だと知った次第。

2週続けてカッコいいなと思ったのが始まりで、今に至るまで映像の中に登場すれば主役と同じくらい注目してしまう始末。

特にアクションが凄いとか美形というわけではない、気の強そうな眉ときりっとした目、口達者そうで言い合いで簡単に負けそうになく、頑とした強さが滲み出ていて顔を真っ赤にして怒鳴りはしても、そのくせどこか優しそうな雰囲気漂うところに惹かれるのだ。

眉も目尻も垂れたおっとり優しそうな人も良いけれど、こんな塩分高めの梅干しのような人と一緒に酒でも飲みに行ける仲になれたら楽しいだろうな・・・と思う。

「ミシシッピー・バーニング」、「許されざる者」、「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」など歳を重ねて皺は増えていったが、あの目元の印象や張りと切れのある口調は変わることはなかった。

とうに俳優業からは引退したということなので新作でお目にかかることはもうないのが残念。

今はどうお過ごしだろうか、元気でおいでだろうか。

2015年4月10日金曜日

傘なし

仕事が終われば寄り道の予定もなく自宅を目指す、私宛の郵便物なども届いてないらしく、何か買ってきて欲しいものも無いということなので実家へ寄る用もない。

昨日の天気予報で今日はそこそこの雨量になると分かっていたので仕事場と自宅とは車での行き来、その予報通りに帰りは傘があっても膝から下は濡れてしまいそうなほどの降りよう、平坦そうな歩道も車道も些細な凹みに水たまりがしっかりできていた。

通り過ぎる天神は人が少なく感じた、きっと雨を避けて地下に潜り込んでビルからビルへ移動しているのだろう、真冬の強い北風に凍える寒い日や真夏のめまいを起こして溶けそうな暑い日と同じ。

せわしないワイパーの向こう側、何度目かの信号待ちは蔵本町の交差点、奈良屋町側から呉服町側へ横断歩道を中学生くらいの4人が声をあげながら、或いは笑いながら大急ぎで駆けて渡って行く、うち1人は頭にハンカチを乗せ、他は手で額の辺りで雨を遮ろうとしていたり、特に抵抗もせずにとにかく早く渡りきろうとする者もいたり。

まだ夜も明けきれぬ暗いうちの早朝から降り始めていて、まさにその時もしっかりとした雨脚だというのに、それでも彼ら若い4人は傘を持たないのか。

どこからやってきたのだろう。

まるで天気のことなど気にも留めず久しぶりに地上に出てきた地底人が雨でびしょ濡れになって狼狽するかのよう、可笑しくて笑ってしまった。

まだ若い子たちなので笑えるが、これが私くらいの年代ともなると印象は一転する、どんよりと惨めったらしくなるのだ、なぜだろう(笑)。

それにしても先週から雨がよく降る、時節柄「菜種梅雨」と言えるし「催花雨(さいかう)」とも言う、どちらも暖かく柔らかい感じで春らしくて良いけれど、今日の雨は雨樋の下で頭を2度洗いできそうなほどの雨なのだ。

日差しもないので風が若干肌寒い、びしょ濡れの若者4人はさぞ寒かろう、風邪などひかぬだろうか、先ほどの天気予報だと明日は晴れるらしい。

2015年4月8日水曜日

謎の光の正体は


窓から見える景色の中にかなり前々から気になっていたものがある、若杉山方向に見える鋭い光のことである、いつもは真っ暗になってから気付く事が多かったのだが今日は薄暮の内で輝くそれを見つけてビデオ撮影。

いったい何の光なのだろう、かなりの明るさである。

動画を撮ってよく見れば心なしか宙に浮いてふわふわと微妙に動いているようにも見えるではないか。

決まった曜日や時間帯というのは夜間に限れば特には無さそう、まだ日付けが変わる前に現れたり、そうかと思えば早朝近くだということもある、昼間は仕事で自宅にはいないのでこの動画と同じように輝いているのかどうか分からないが、帰宅後の暗くなってからではならばこれだけ明るく輝くので一目瞭然。

パッと見がUFOチックなのがなかなかよろしい。

そうだ、「UFOチックだ」と書いて思い出したのだが、以前にミステリー番組で投稿者による動画の紹介でメキシコかブラジルだったか、とにかく南米のどこかで、遠くの山に輝く点のようなものが現れ、時に点滅し、日によって違うものの数分から小一時間近く見える謎の物体が家庭用ビデオで撮られていたのだ。

なんとなく青白く見えるその光の正体は軍による訓練か何かの際のものだったらしい・・・なんだか無理があるなと思ったものの、ちゃんと確認がとれたということなので間違いはないのであろう。

そこで若杉山方面の光、この件を動画付きで日記として載せたところ、「UFOじゃないのか」というコメントが並んで盛り上がっていたのだが、この光の正体を知っているという福岡市内のかたから唯一の決定的な情報が明かされたのだった。

実はこれ、若杉山・・・ではなく、そこへの道が途中から分岐した隣にある米ノ山の展望台(の駐車場?)からの車のライトだそうで・・・。

正体判明で途端に興ざめ、そのかたのコメントの後に「んもー!」や「なーんだ」などと別のかたからコメントが付く始末、可笑しい。

まあ、実のところUFOなどではなくそういうものなのだ、できればもう少し謎の光のままで楽しんでいたかったけれど。

期日前投票

統一地方選挙の期日前投票をしに区役所まで行った。

近づくにつれて「ああ、この人も期日前投票に行くのだろう」と分かる人たちがいた、何がどういう特徴があってなのかは自分でもよくわからないのだけれど。

さて、到着、意外と人が多かったのは勤め人も自由に動けるお昼時だったせいだろうか(?)。

投票所のある3階へは階段を利用したほうが待たなくてもよいので私はそちらを選んだのだが、エレベーター利用者の中には意地悪な人がいて、お年寄りがあと一歩・・・というところで扉が閉まるのを止めてくれないのだ、本当にあと一歩のところで閉まってしまう。

人が乗れるスペースはまだ余裕があるのでもうちょっと待ってあげれば良いものを。

3階では投票所入場券(選挙の投票に持参するハガキ)への生年月日の記入を忘れていませんか等の呼びかけがされていた、係の人の案内が細かくて投票そのものはいたってスムーズ、最初の投票用紙を受け取ってから投票箱へ入れる、それを3回繰り返す(県知事投票、県議会議員投票、市議会議員投票)までほんの数分で終了。

また階段を下って表に出ればNHKが出口調査を行なっていた、アンケートを嫌がって応じない人がほとんどだったが私は別に構わないので答えてきた。

「どちらに投票しましたか?(県知事)」、「支持している政党は?」そして「原発再稼働について賛成か反対か」という質問を含む各項目への回答を丸で囲むアンケート、他は私の性別、年代等。

なんだ、簡単ではないか。

実は選挙の投票については今までに一度も欠かしたことがない、立候補している人に直接何かを言えないので投票を以て代弁しているのだ・・・と書いてしまうとかっこよく見えるのだが、実のところ主張のおかしい立候補者を「落ちてしまえ」とアンチの意思表示なだけなのだ。

今日は天気がよかったので散歩がてらの投票だった、この次の選挙と言えば・・・来年の参議院議員通常選挙なのかな?

期日前にしろ、投票日にしろ、晴れますように。

2015年4月7日火曜日

Edy to Edy

最近、小銭入れの出番がめっきり減った、少額な支払いを電子マネーで済ませる機会が増えたせいである。

どうかすると数日間に渡ってそこそこな支払いはどれも電子マネーで・・・ということも少なくない。

個人的に最も利用が多いのがEdy、次がモバイルSuica、nanacoやWAONは使っていない。

コンビニはもちろんのこと、ランチ、仕事帰りに立ち寄るドラッグストアからベーカリー、スーパー、コインパーキングの駐車料金、地下鉄、これらが全て先に書いた2種類でカバーできる。

コンビニなどでレジが混んでいる時は特にありがたい、小銭を用意しなくて済むからレジの回転が早く済むし、つり銭間違いもない、ただ、店によっては「Edyで」というと支払金額を別の小さな10キーで再度入力してから「はい、どうぞ」とリーダーにかざすことになる、これはスマートさに欠けるし決済の時間もかかる。

レジの仕組みの上でどう違いがあるのだろう? コンビニ等のレジは支払方法に「Edy」ボタンのようなものがあって自動で支払い金額等が自動的に電子マネーのシステムに共有されるという仕組みなのだろうか。

再度入力するレジではそういうのが無くて「Edy」ボタンはあっても共有はされず手動で打ち込む・・・といった具合か?

んん、単に想像だ、よくわからない。

こんなに使う電子マネー、残念なことにEdyからとても便利な機能が無くなってもうだいぶ経つ、それは「Edy to Edy」、手数料は必要だかEdyからEdyへと送金できるという機能、私はオークションの支払いでよく利用していた。

時には甥っ子への小遣い送金など(笑)。

手数料も送金金額の1%と安く(その1%分が50円を下回る場合は一律で50円、税別だったかな?)、送金先さえ間違わなければ即座に送金が完了するのが何よりのメリットだった。

サービス停止に至った理由は大人の事情としていろいろあるとは思うけれど、是非とも復活して欲しい機能である。

2015年4月6日月曜日

「未明」

今日は昼で仕事を終えて私用で久々に県庁近くの九州大学附属病院まで、いつもなら独りなのだが小糠雨降り止まぬ今日は姪が一緒だった。

駐車場へ入るまでの遅めのワイパーの音とラジオを聞き分けながらの待ち時間、お喋りと曲の後にいつものジングルが流れて放送内容はお天気コーナーへ、DJではないアナウンサーなのであろう、発音が明瞭で滑舌の良い女性が北部九州の明日にかけての予報を淡々と伝えていました。

「北寄りの風やや強く、未明、所により雨が降るでしょう」・・・、それを聞いて姪が溜息ひとつ「また傘を持って行かないと」と言う、そんな時刻にどこへ行くのかと訊けば明日は仕事だからと答える。

昼間の会社で働いているのにどうしてそんな幽霊が出そうな時刻に出掛けるのかと訊き直せば・・・、「『未明』って夜のことだったの?」。

姪は「未明」をいつなのかははっきりしない時間帯のことだと思っていたらしい、だから「未明に雨が降る」は「朝なのか昼なのか夕方なのか、何時頃だとはわからないけどとにかく雨が降る」のだと。

「未明」は午前0時~3時ぐらいの、夜が明ける前の深夜帯のことを指す、・・・まあ、確かに解り難い言葉かもしれない。

数年前から「午前3時頃まで」を「未明」と言うようになった、時間帯については他にはどんな表現を使っているかといえば「夜遅く」や「明け方」は確かに使っている、「昼過ぎ」もそうだが「夕方過ぎ」は無かろう、きっと「夜の始め頃」が使われるに違いない。

もっと幅を持たせて「一日中」は使うだろうか、いや「終日」のほうがしっくりくる、「一晩中」も使わないだろう。

さらに幅を持たせて「数日間」は・・・いや、これはないな。

逆に「宵の内」を「夜のはじめ頃」と言うようにもなった、表現から風情が褪せてしまったけれど分かりやすさ優先という点で納得。

考えるとなにかとややこしいが、微妙な時間帯を表現できるのは間違いない、聞く側がそれらの言葉と時間帯を正しく知っていないと伝わらないけれど。

2015年4月5日日曜日

映画:「いのちの食べかた」

日々の食卓に登場するお馴染みの食材が、いったいどういう過程を経て「食べ物」として生産されているのかを記録したドキュメンタリーである。

効果音や音楽の挿入などはない、それどころか台詞もナレーションですらないのである、聞こえているのは純粋に現場の音のみ、作業の音や機械の音だったり、ただ淡々と記録された映像を見せている映画。

なので紹介するべきあらすじは無い。

ところがそれが逆に新鮮で、他に気をとられることが無いので記録されている映像とその流れに集中できるのだ、BGMで作為的に印象を操作しようなどということもない。

野菜も人工施設で計画的に栽培されるようになり、数えきれないほどの鶏も、干し草を噛む牛も、子だくさんの豚も食料の原型としてそこに記録されていた。

この映画に現代の食料生産計画に対する異論だとか、肉食は止めましょうなどという意図は無く、ただ単に日々口にしているものがどうやって店頭に並んでいるのかを知らせているだけで、そこからどう思うのかは個々に任された部分なのだと思う。

そんな途中の経過を知っていても何ら役にはたたないかもしれない、でも、知っていれば食べ物のありがたみを思い知るには役立つに違いない。

たとえば豚肉、箸で摘み上げた一切れの肉が硬いだの筋が多くて不味いだのと言う前に、その肉を供してくれた豚は自ら望んで屠畜解体されたわけではないということを意識し、決して粗末にすることなく無駄なく食するということは食物連鎖の下位に属した全ての生き物に対して責任ある正しい姿勢で、自分が元気で暮らせているのはそれらの命のお陰なのだと再認識も可能なはず。

合間に挟まれる現場の従事者の作業や休憩時間の何気ない表情などの様子が、そこでの私達には見慣れぬ作業と工程はそういった仕事を生業としている人々の生活の一端なのだと現実味を帯びさせる、巧みな編集なり。

地味な映画ですが大変強力で、どうにも曲げようも隠しようものない素のままのドキュメンタリーだった。


リンク:「いのちの食べかた」 

2015年4月4日土曜日

AIIB不参加は良い選択

中国主導で設立されたAIIB、日本は参加を見合わせることにしたらしい。

相変わらずマスコミは「乗り遅れぬように参加を」と戯言が五月蝿い、が、それに惑わされてはいけない、見た目だけの泥船に乗るにはまことに愚かなこと、もし参加すれば出資だけはたんまりとさせられ、それでいて発言権などろくに無く、便利に使われるだけの参加国になってしまうのは想像するに容易い。

中国が出資の50%を担うと言っているのだが極めて懐疑的、外貨準備高は急激に減少している、はったりばかりで実のところそんなには金はなかろう、信用のないローカルカレンシーの金を大量に刷れば済む話ではない、偽札ばかりな気もするし。

中国は日本とアメリカ、とりわけ日本からの出資をアテにしているのだと思う、万が一参加させるのに成功したら、ああだこうだと難癖をつけて離脱させぬよう工作すると思う。

そもそも各国から中国への投資は減り続け、外資が逃げ始め、デフレ色も濃くなって、もうバブルがはじけそうな感じになってきるのは素人目にもわかること。

客観的に見て中国の好景気はどこにあるのだ? 空き家だらけのビルではなかろう、在庫の山で倒産寸前な業者揃いのレアアース関連でもなかろう、格安スマホにしたってそうそう伸び代があるわけでもない、よそからの技術を使うことはできても自前で開発がままならない国なのだ。

一方で中国発表の経済指標では危うさはまだ見えないけれど、これもゴテゴテに粉飾されていそうなので全く信用できない。

なにより、主導が中国共産党下の中国なのだ、国を挙げて各国にサイバーテロを仕掛けるような国ではないか、その事実だけでもう「ダメ」なのだ。

現実として中国は友好国などではなく敵国だと解釈している、笑顔で握手を求めてきても信じるなかれ、敵国とは距離を置くべき。

日本はADBのみで頑張ればそれで良いのだ、信頼の置ける銀行役となって世界に貢献できればそれでよい、ほら、実績だって申し分ないのである、AIIB不参加国と上手に付き合って真面目にコツコツとやればよいのである。

2015年4月3日金曜日

手動引っ越し開始

よそのSNSからの引っ越しを始めた、mixiからである、こちらのブログサービス(Blogger)は引っ越しツールなど無いので過去の投稿はぽつりぽつりと手動で。

ここを選んだ理由は良く言えばシンプル、悪く言えば素っ気なさに尽きる、そのままの状態ではスッピン過ぎて味気ないという点が好みに合致したから。

無料でありながら広告が出ない点は特に素晴らしい、減らせるというレベルではない、出ないのである。

派手なカスタマイズが可能なブログサービスも楽しいけれど、選択肢が多すぎるよりも少し足りないなというレベルのほうがしっくりくるのだ。

その一方で、このシンプルさは私にはマイナスにもなり得る、ブログの文章に軽快さや明るさが乏しいらしいのだ、まあ、結構年代もののオヤジ日記なのでその点はご了承いただきたい。

・・・と、そもそもなぜmixiから引っ越そうと決めたのかを書いておこうと思う、mixiでは「日記」という機能で日々のあれこれを書いていた、それを閲覧可能なのはマイミクシィとして繋がっている仲間たちだけ。

私はことあるごとに「見るのもコメントを書くのも気が向いた時だけにしてください」と言っていたのだが、日記の更新があると必ずコメントを書くのが当たり前だ=何か書かなくてはならないと思っている人たちがいて、そうやって絞りだされたコメントを見ていて不憫になってきたせいなのだ。

そんなに気を遣って頑張らずともよいのに・・・と、思っていたのだ。

また、逆に、マイミクシィさんが日記の更新をした時に見に行って、「なるほど、そうか」とは思うが特にコメントをすることもなくスルーするとメッセージで「見に来ましたよね? でも無言なんですか?」とクレームめいたことを言われて辟易したことが幾度かあった、そんなの自由にさせればいいものを。

いちいち足あとをチェックされるのも面倒だったのもある。

なので引っ越しだ、コメントも、イイネも、自発的にすすんでしたい時にすればよい世界にやって来た次第。

過去の投稿もおいおい充実(引っ越し)させてゆくので、このブログが目に止まり、第三者の目を通した日々の雑感をつまんでみたくなったらどうぞお越しください。

2015年4月1日水曜日

日曜か月曜か

実家に来ていた姪が「カレンダー見てて思ったんだけど、ほらここ、なんで左端が日曜日から始まってるの?」・・・と訊いてきた。

「週の始まりが日曜日だからだ」と答えると「どうして? 月曜から始まるんじゃないの?」と驚いていた。

なるほど、週の始まりの解釈は人によって違うけれど、姪っ子の場合は休日明けで仕事も始める月曜日が週の始まりなのだ、私は週の始まり=日曜日から。

町内会でも「来週の日曜日は・・・」と町内の予定を話す時には、数日後の日曜のことなのか、数日+1週間後の日曜なのかをはっきりさせなければならない時がある。

たとえば、今日(17日)の町内会で「来週の日曜日」と言えば、週の始まりを日曜日とすれば23日になるのだが、週の始まりが月曜日であれば30日ということになってしまう、個々なりの解釈で2つにわかれてしまうことが起きてしまう、それだと困るのではっきりと「○日の日曜日は・・・」と言うようにしている。

週の始まりについては定義があるのかどうかはよくわからない、国や宗教によっても違うらしい、カレンダーを見てもアメリカは日曜日から始まり、フランスでは月曜日から始まったりで、何の宗教かは忘れたが金曜日が週の始まり(終わり?)というところもあるらしい。

いろんな理由でバラバラになっている週の始まり、個人的には日曜日だとは思っていても、世の中全体では圧倒的に「それは月曜日から」という人のほうが多そうではある。

学校はほぼ全て、仕事も大部分が月曜日から始まるだろうから理解できるし、そう考えるのは自然なことだとも思う。

週の始まりがそうなのだから週末についてもまた同じ、私の場合「今度の週末は」と言えば土曜日のことを指すが、週の始まり=月曜日な人によっては日曜日ということになる。

中には土・日曜日が休みな人の場合、どどんと金曜日から日曜日がまるごと週末だと思っている人もいるのでは・・・、いや、そこまではさすがにいないか。